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東京地方裁判所 昭和41年(行ク)22号 決定 1966年6月09日

申立人 日本信託銀行株式会社

被申立人 中央労働委員会

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

(申立の趣旨及び理由)

申立人は「申立人を原告、被申立人を被告とする当庁昭和四〇年(行ウ)第九八号行政処分取消請求事件の判決確定にいたるまで、被申立人が申立人、日本信託銀行労働組合間の中労委昭和三八年(不再)第一一号不当労働行為再審査申立事件について昭和四〇年七月一四日付をもつてした命令の執行を停止する。」との決定を求めた。その理由の概要は、次のとおりである。

一  被申立人は、前掲命令(その主文「本件再審査申立を棄却する。」以下「本件命令」という。)を発し、東京都地方労働委員会が、日本信託銀行労働組合から本件申立人を相手方として申立てられた都労委昭和三六年(不)第二七号および第四〇号各不当労働行為申立事件につき昭和三八年四月二日付をもつてした初審命令(その主文2項「被申立人(本件申立人)は、小早川皓三郎および白倉高を昇格前の原職に復帰させ、同人らが解雇の日から原職に復帰するまでの間受けるはずであつた賃金相当額を支払わなければならない。」同1および3項、略。)を維持した。

申立人は、右命令が重大な事実誤認に基く違法のものとして、当裁判所にその取消を求めるため訴を提起し、現に係争中である(当庁昭和四〇年(行ウ)第九八号行政処分取消請求事件)。

二  申立人は、本件命令書の交付を受けた後、前記小早川皓三郎および白倉高の所属する日本信託銀行労働組合(以下「組合」という。)と交渉の末、組合との間において、小早川および白倉が自宅待機をして現実には就労しないことを前提として、昭和四〇年一〇月二〇日本件命令の維持した初審命令の主文2項にいう両名に対する賃金相当額の支払に関する前掲行政訴訟事件の判決確定にいたるまでの協定を締結し、その旨の文書を取り交わし、現にこれにしたがつて右両名に賃金相当額を支払つている。

しかも、その後、申立人は、右両名の構内立入を禁止する等、その組合活動を阻害する行為を一切、行なわず、右両名も自由、活溌な組合活動を行なつている。したがつて、本件命令の趣旨は、右両名の自宅待機を諒解事項とする右協定の履行によつてほとんど履行されているといつて妨げない。

三  申立人は、初審命令の主文2項にいう小早川および白倉の原職復帰に関しては、組合との前記諒解事項がある以上、その履行を強制されるいわれがないが、かりに、右諒解事項の成立が否定され、右両名の原職復帰の履行につき緊急命令の発令によつて、本件命令に従わなければならないとすると、これによつて回復し難い損害を蒙ることになる。すなわち、

(一)  申立人は、銀行としての業務の性質上、対外的信用を最大の生命とも、資本ともするものであるところ、これが保持は、いつに、正しい人事秩序の確立にかかつているのであつて、もし、ある職位に適当でない者を配置した場合、職場の人間関係に極度の混乱を起し、これによつて事務の停滞、業務の不振ひいては対外的信用の失墜を招き、銀行としての公共的、社会的使命にも蹉跌を来たす虞れが大きい。

(二)  ところが、申立人が小早川および白倉を緊急命令にしたがい、その「昇格前の原職」(初審命令主文2項。以下「原職」という)に暫定的に配置するのは、左記の理由から、極めて不適当であつて、右(一)の危惧が忽ちにして現出することになる。

(1) 小早川の原職は、神田支店における支店長代理、白倉の原職は本店における外国部外国為替課長(同人の解雇後、職制変更により同課は廃止された。なお、同課長相当の職位としては同部輸入課または輸出課のいずれかの課長が存する。)であつて、前者は、預金、貸付等八係の係長、同代理、後者は課次長、課長代理、同心得等のいずれも多数職制を指揮監督すべき地位であるから、申立人は国民大衆の預金を動かす銀行としての性質からして、暫定的に復職する右両名をかような重要な職位に配置しがたい。

(2) しかも、小早川および白倉を原職に復帰させるには無用の混乱を避けるため、現に右職位にある者を暫定的にも他に移すほかないが、さような暫定的配置は、いたずらに不安を伴う。

(3) 小早川および白倉の原職に比すると、右両名と同年次入行者は現在ほとんど全員が二級上位の支店長または同相当職位に、その三年の後年次入行者でも既に一一名が一級上位の支店次長または同相当職位に就いているが、右両名の原職復帰は大幅な人事序列の逆転をもたらすものであつて、人情の機微からみても、上下間の命令系統の運用が円滑を欠くにいたらせ、ひいては申立人の銀行経営上、重大な障害となること、明らかである。

(4) 申立人の大多数行員は、小早川、白倉を中心として運営される組合の過激な行動および右両名の独善的傾向その他組合指導者にふさわしからぬ言動を批判し、これに反感を抱き、組合とは別個の労働組合を結成し、一二一二名がこれに加入し、組合は僅か一三四名の組合員を擁する少数組合になつているが、さような経緯から申立人の中間層を形成する多数行員と小早川、白倉両名との間には精神的に埋めがたい溝が生じていて、正常な人間関係に依存する申立人として、右のような事態を無視して右両名を暫定的にも復職させることは不能事に属する。

四  申立人は右のような回復の困難な損害を避けるため、本件命令の執行を停止する緊急の必要があるので、行政事件訴訟法二五条二項に基き、本件申立に及ぶ。

(当裁判所の判断)

一、申立人主張一の事実および本件命令の維持した初審命令主文2項にいう小早川皓三郎および白倉高の原職が申立人主張の職位であつたことは記録上明らかである。

しかして、疎明によれば、申立人と組合との間に申立人主張の日、同主張の協定が締結され、申立人がその後右協定にしたがつて、小早川、白倉に賃金相当額を支払つたことは一応認められるが、右協定が右両名の自宅待機すなわち現実の不就労を前提とし、申立人と組合との間に、その旨の諒解が成立したことを認めるに足る疎明はない。

二、申立人は、右両名を原職に復帰させることにより回復の困難な損害を蒙ると主張するので判断する。

(一)  申立人が業務の性質上、その対外的信用保持のため人事秩序の確立維持を必要とすること、小早川、白倉両名の原職がいずれも多数の職制を指揮監督すべき銀行業務上枢要の地位であることは、いずれも、容易に肯認することができる。

しかし、右両名は、解雇前、それぞれ右職位にあつた以上、右両名を右職位に復帰配置しても特段の事情がない限り、申立人の銀行業務運営に支障が生ずるものとは考えられない。

(1) 申立人が国民大衆の預金を動かす業務を行つていて、そのうえで、右職位が重要なものであるというだけでは、右配置が妥当を欠くという譏りをうくべきいわれはない(疎九号証には申立人神田支店長有本至信の陳述として、解雇後五年近くの間に事務運営方式および事務処理手続上、著しい改訂があつたから、原職復帰により職務遂行は不可能とみるほかない旨の記載があるが、新規の方式、手続に親しむのに、しかく不可能とみらるべきことを裏付ける事情について、ほかに疎明がないから、右疎明方法によつては、本文の点につき判断を覆すべき疎明をえたといえない)。申立人は小早川、白倉両名の復職をもつて、前記行政訴訟事件の判決確定までの暫定措置であるとの前提のもとに、云為するが、かりに、申立人がその見込のように右訴訟事件に勝訴し、右配置が暫定措置に終つたとしても、そのことのために申立人の業務運行上支障が生ずべきことについてはなんらの疎明がない(疎八号証には申立人本店外国部長堀貫一の陳述として、原職復帰が暫定的なる以上、その一時性の故に復帰者の無責任性が、より強く発現する惧れもある旨の記載があるが、右両名が暫定的に復帰する意思を有するならともかく、さような点についてほかに疎明がなく、また、右両名がかつてその職務につき無責任であつた点についての疎明もないので、右疎明方法によつては本文の点について疎明をえたといえない)。

(2) 申立人は、また小早川、白倉両名の原職復帰には無用の混乱を避けるため、現に右両名の原職にある者を他に移すほかはないが、さような暫定的配置は不安を伴うというが、右配置がかりに暫定措置に終るべきものとしても、いかなる不安が伴うものであるかにつき、これを裏付ける特段の事実も疎明上窺われない。

(二)  もつとも、疎明によれば、小早川、白倉の両名を原職に復帰させた場合、右両名に関する限度で人事序列が逆転し、その後年次入行者が小早川、白倉両名の上位の職位にある現象が生じることを一応認めることができ、したがつて、また、申立人の業務に関する上、下間の命令系統において、対両名に関する限度で命令当事者の心理に多少の違和感が生じうることも、みやすいところではあるけれども、ほかに特段の事情がない限り、そのことだけのために、右命令系統の運行が忽ち円滑を欠き、申立人の業務上、多大の支障を生じるにいたるものと推認するわけにもいかない。

(三)  ところで、疎明によれば、申立人の多数行員が組合の行動および、これを指導する小早川、白倉両名の行為に反感を抱き、これがため組合の内部に対立が生じて、組合とは別個の労働組合を結成してこれに加入し、現在では、組合は少数組合になつていることが一応認められるが小早川、白倉両名が組合活動を離れた言動において行員間の融和を害する等の態度を採つたことの疎明はないから特別の事情がない限り、右両名と多数行員との間に精神的に埋めがたい溝が生じているとみるのは早計というべく、ほかに、小早川、白倉が多数行員から職務上の事柄につき不信感を寄せられ、また、個人的嫌悪感を抱かれていることの疎明はない。したがつて、そこにあるのは、ただ右両名の組合活動の方法に対する批判に出発した対立感情だけであると認めるのを相当とする。かような場合、右両名の復職によつて組合と多数組合との間に労働組合の組織ないし組合活動のあり方等をめぐつて反目抗争が激しくなることも予想されないではないが、その結果、申立人の人間関係に異状を来たしても、それが正当な組合活動に起因するものである限り、使用者たる申立人としては、これを甘受すべきであつて、その間に介入すべきものではない。

してみると、申立人は正常な人間関係に依存するものであるとはいえ、小早川、白倉両名の復職によつて、認容すべからざる異常な事態に陥るものということはできないのであつて、そうである以上右復職を不能事なりとして、拒否すべき理由がないといわなければならない。

(四)  なお、疎九号証には前記神田支店長の陳述として、申立人の取引先の中には、小早川の復職問題につき重大な関心を有し、その復職が実現する事態となれば同人のような行員を雇つている銀行たる申立人との取引を直ちに停止すると言明するものが相当数に上つている旨の記載があるが、小早川一個人の在籍により申立人の銀行としての信用が忽ち瓦解するようなことはとうてい考えられないところであるから、右疎明方法によつては、いまだ取引停止が生ずることの疎明をえたといえない。

(五)  以上のほか、申立人が本件命令を履行することによつて、回復の困難な損害を蒙ることについて主張も疎明もない。

三、よつて、右損害発生の虞のあることを理由とする本件申立は失当として却下すべきであるから、申立費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 駒田駿太郎 高山晨 田中康久)

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